そんなある日
年下バイト社員の彼は
うざったい前髪の奥の瞳を輝かせ
ポツポツと少しずつ話してくれました
彼が学生時代から追い続けている夢
それは
世界で通用する
プロのダンサーになること
ヒップホップでもなく
ブレイキンでもなく
ましてや
クランプなんかでもないんだ
↑ あ、全部てきとうです
彼は熱く語ってくれましたが
威嚇ポーズ専門のアタシには
まったく意味不明の未知の世界
キョトンとしているばかりの
アタシに業を煮やしたのか
やおら立ち上がった彼は
静かに踊り始めました
それがあの
そういうものだということは
のちにググってやっと知りました
彼のダンスを初めて見たとき
アタシは愕然とし
しばし言葉を失いました
ダメだ・・・
このヒト
たぶんダメだ・・・
開いた口が塞がらないアタシに
彼はこう言いました
あけみさん、聞いてくれ
↑ あ、アタシのことです
一流のダンサーになるには
コンクールで優勝しないと
そのためには
本場ローザンヌへの
ダンス留学が必要なんだ
それには
まとまった金 が
必要なんだけど
ねえ、なんとかなら・・・
・・・・・。
アタシはしばらくの間
彼のその話を黙って聞いていましたが
やがて静かに頷いて郵便局に向かい
10年定期を解約し
彼にそっと封筒ごと手渡したのでした
そしてこの日
アタシの本気の恋が終わりました
彼の消息は
その後プッツリ途絶えたっきり
なんて
逃げ足の速い・・・⤵︎
それでもアタシは平気でした
だって
その時にはもう・・・
ふふっ
ねえ坊や・・・
これまでなんとかやってこれたのも
坊やがいてくれたおかげ
しばらくは途方に暮れていたアタシに
君たち二人の
面倒を見たいんだ
事情を全部知ってる社長は
そう言ってくれましたが
丁重にお断りして会社も辞めました
それからいろいろありましたが
いまでは
職人が手で握る
おにぎり専門店として起業
自立して頑張る毎日
親子二人で生きていくため
あんなに華奢だったアタシも
すっかり逞しくなって
今では腕っぷしもちょっとしたもの
そのせいでつい力が入りすぎて
自慢のおにぎりを
カチカチに握ってしまうのが
目下の悩みのタネだけど
かあちゃんのおにぎり
美味しいけど
ちょっと握り過ぎだね
坊やにも
よくそんな風に褒められるわよね
ねえ、坊や
あれ以来彼とは会っていないけれど
でもね
このあいだYouTubeの投稿動画で
よく似たヒトを見つけたのよ
場所は日本のどこかの市民ホール
どうやら今でも踊り続けているみたい
・・・少し老けてたけど
おフランスには
行かんかったんかーい!
・・・って
母さんは思わず
心の中でツッコンじゃったのよ
うふふふふふふふふっ
あの頃はまだ若かったのね
今ならもしかしたら
表現者としての彼を
もう少し理解してあげられたかも
最近じゃあ
あの手のダンスが
流行ってるみたいだもの
うふふふふふふふふっ
ねえ、坊や
・・・母さんには
あのジャンルは難解過ぎたわ
できれば
正統派バレエだったなら・・・
もうこうなりゃ
いっそ日本舞踊でもよかったくらい
ときどきそう思ったりするのよ
坊やもこの通り身軽だし
きっとどんなダンスも上手よね
いつか
親子共演・・・なんてね
くすくすくす
さっ!
お夕飯のお買い物して
おウチ帰りましょうねえ
って、コラー!
・・・以上、おしまい
* 可愛いアリクイ画像はネットよりお借りしました
悪用しませんのでどうかご容赦を・・・